断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

さて、今回の論文の売りの部分は、旧北区の種をすべて扱った規模の大きさである。日本の大部分は旧北区に属すので、日本人もどんどんやっていい仕事だと思うが、気後れする人が多いのか、このような研究例を他の甲虫では聞かない。一方、日本を含めた旧北区の昆虫相をヨーロッパ人の研究者が扱った論文はゴマンとある。だから、実は大した売りではなく、論文としてはもはや普通のものである。

しかし、この背景にはヨーロッパ人のメリットというものがあるのも事実だ。おそらく、旧北区産昆虫の既知種の9割以上はヨーロッパの博物館に収蔵されている。だから、ヨーロッパ諸国では、研究者が電車や乗用車で各地をまわるだけで、必要な材料の大部分を見ることができてしまう。それに対して、日本人が研究を行なうにあたっては、手紙を書いて、別刷りを送って、信頼を受け、ようやく郵送してもらうという、少し煩雑なことをどうしても避けられない。直接行くにしても、数十もある博物館を短期間でまわることは難しい。しかし、今は郵便事情やメールも発達しているし、それなりに労力は必要であるが、やってできないことではない。どうしてもというときは、格安航空券で渡欧すればよい。少なくとも、大学院生のように時間があれば、大した仕事ではないと言える。

もう一つの売りの部分は、ほぼすべての既知種のタイプ標本を見たことである。実際はあたりまえのことであって、全く売りでもなんでもないのだが、日本人でこのようなことをしっかりしている人が少ないのも事実である。「この種は記載を見れば確実だから・・」という理由でタイプを見ない研究者が日本には多い。タイプを見る理由は、同定のみではなく、再記載にあたって、当該種のタイプ標本の状況を確認する意味もある。また、標本が別の種だったりすることもたまにある。種同定の正確性(分類の命)と以上の分類学的意義という点において、もはやタイプを見ない分類学的研究はありえない、というのが持論だ。現在の国内の教育体制では難しいことなのかもしれないが、これから始めようという人に直接話して行きたいと思っている。ちなみに、自分にこういう適切な指導をしてくださったのは、中央博の直海さんである。