断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

山形の永幡氏が沿海州より帰国され、お願いしておいたアリを送ってくださった。これがまさに求めていたものそのもので、久しぶりに標本を見て涙が出た。ケアリ亜属の未記載種の雌である。昨年の沿海州旅行でこのアリの職蟻だけを採集することができたが、雌にはまだ時期が早かった。KupyanskayaやRadchenkoが"Lasius (Lasius) hayashi"(ハヤシケアリ)としてそれぞれ極東ロシアと朝鮮から記録している種であるが、野外で職蟻を見ればhayashiと違うことは一目瞭然だったし、そもそも営巣形態が全く異なり、草地の石の下に巣がある。真のhayashiは森林性である。そこで、どうしても雌蟻が見たかったのだが、前回永幡氏にお会いしたときに「8月21日から行く」ということを聞き、これ幸いとお願いしてみたところ、本当に採ってきてくださったのである。なお、KupyanskayaやRadchenkoは正真正銘のhayashiを見ていないので仕方ないし、「hayashi」という種小名が林内に営巣する習性に由来することは知る由もなかったのだろう。また、良く似たケアリで、大陸と日本で別種であるとは思いもよらなかったのかもしれない。雌蟻は驚くほど大形で、もちろんhayashiとは似ても似つかないものだった。なんでこの種がこんなに重要かというと、日本のケアリ亜属を知るにつれ、大部分が日本固有種であることがわかってきた。大陸の北部には3種のみケアリ亜属が分布するのだが、それらの形態や生態、分子情報、日本のケアリ相の形成を知るのに重要なヒントになるに違いないからである。そしてこの種はとくに変わっていて、形態的にはヒゲナガケアリL. productusに似ている一方、生態的にはカワラケアリL. sakagamiiとL. トビイロケアリL. japonicusの中間的なものだった。

夕方までに実験を済ませ、飲み会に参加する。出版社の関係の方が集まっていて、偉い先生を囲む会だった。ダニの青木淳一先生、水生昆虫の谷田一三先生、軟体動物の奥谷喬司先生、クモの小野さんが主役。そこに若造代表として呼んでいただいた。ちょっと緊張したが、この先生方がいて楽しくないはずがない。あっというまに時間が過ぎた。