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断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

2013年の出来事

1.「アリの巣の生きもの図鑑」を出版(3月)
40歳を目前にして、自分の研究の普及面での大きな一区切りとなった。昨年の秋から本格的に出版の準備を開始し、時間的にも体力的にも本当に厳しかった。それだけに出たときと悦びは一入だった。また、こんなものが売れるのかという心配があったが、あっという間に第1刷が売り切れて、重刷となったのには、英断をされた出版社に対して肩の荷が下りたと同時に、苦労して良いものを作れば報われるという手応えを感じた。
2.昆虫学会の若手奨励賞を受賞(9月)
好き勝手にやってきた自分の研究は、受賞という出来事からは程遠いものだと思っていたし、正直言ってどうでもいいと思っていた。何人かの方が強く推してくださったことも含め、受賞できたらできたでとても嬉しいものだった。私が足下にも及ばない過去の錚々たる受賞者陣をみると、恥ずかしくなるが、今後の励みになった。
3.「ゾウムシの世界」展(7−8月)
東洋最大のゾウムシ標本をもつ九大でなにか独創的な展示ができないかと思い、この展示を思いついた。学生さん4人と森本先生、その他多くの協力者のもとで実現した。狭い展示室ながら、なかなか充実した内容になったと思う。ここ数年は毎夏、昆虫の展示で忙しくしていたが、実はすべて休日返上で趣味的に行ってきたことで、仕事上の個人的な利益はまったくない。毎年楽しみにしてくださっていた方もおられるようだが、これで私が運営する昆虫展示は最後にしたいと思っている。
4.こま切れの海外調査
12−1月のベトナム、3月のフィリピン、5月のタイ、6月のタイ、8月のマレーシア、9ー10月のペルー、そして10ー11月のインドネシア。結局、7回の海外調査に出かけることができた。どれも期間は短く、日ごろの行いが悪いせいか、それほどの成果は上がらなかった。調査の2/3くらいは私費を投入しているので、お財布に厳しく、いつまでたっても貯金ができない状況だが、年々視力と体力が低下していることを実感しつつあり、現在の比較的自由な現在の立場を利用し、40代前半は海外調査三昧を続けたい。
 4−1.ベトナム:主な成果は新種のヒゲブトオサムシ、シカツノゼミ、ハタザオツノゼミ、シロアリのハネカクシベトナム料理はどうにも口に合わなかった。味が薄すぎて、飲み込めない感じだった。
 4−2.フィリピン:ヒメサスライアリのハネカクシを狙ったが、全然ダメだった。数年後に出版予定のツノゼミ生態図鑑のため、マツカケツノゼミの生きた個体を撮影できたのは収穫だった。治安が悪いこと、物価が高いこと、田舎の人々のすばらしさなど、印象深い旅行だった。森を埋め尽くす何万というホタルも心に残った。
 4−3.タイ:Kaeng Krachanへ。とにかくクワガタが多く、楽しかった。それ以上でもそれ以下でもなかった。ヒゲブトオサムシの2新種に加え、Platygeniops elongatusというハナムグリが一番の収穫だったか。
 4−4.タイ:Doi Inthanonへ。悲しいくらいに収穫がなかった。Platyrhopalopsis badgleyiが嬉しかった。
 4−5.マレーシア:オオハタザオツノゼミ狙いで出かけたが、見つからず。カンザジツノゼミを自己採集できたのが唯一の収穫。
 4−6.ペルー:森が良すぎて、広すぎて、なかなか疲れる調査だった。南米のアリの調査は適度に撹乱された場所の方が良いということを学んだ。お金がかかりすぎて、貯金が底をついた。
 4−7. インドネシア:久々のインドネシアだった。とにかく許可取得が大変だった。成果は平均値といったところ。今回は食事に時間とお金をかけたが、いずれもおいしく、タイと並んで最高位(自分調べ)だと思った。

5.ニコニコ学会に出演(4月)
今年はテレビだとかいろいろと露出が多かった。そのなかで一番の思い出は「ニコニコ学会β」に出演し、生中継されたこと。恥ずかしかったが、面白かった。
6.連載開始(12月)
雑誌「遺伝」に連載を開始した。これは新しい仕事としてはたいへん嬉しいもの。
7.次の集大成
とある外資系の出版社から大作出版のお声がかかった。2年後に開始すると約束した。かつてない大事業になりそうだ。研究者であれば、誰もが専門分野に関する総説や集大成となる出版物を出したいと思っているだろう。そして、それを遠い将来に設定している人が多いと思う。しかし、ここ数年何冊かの本を出して感じたのは、時間と体力、鋭い感性のあるうちに、できるだけ急いでやってしまったほうがよいということ。とにかく頑張らねば。
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他にもいろいろな出来事があって、本当に充実した一年だった。論文は11月から書き始め、今年の目標の1/3くらいは達成できた気がするが、総じて研究する時間が短かった。来年はしっかりと研究を行い、2年後に控える大事業に備えたいと思っている。
また、2005年の1月1日に開始した「断虫亭日乗」は、今日をもって9年が経った。開始当初から、やるからには10年は続けようと思っていたが、おかげさまでほぼ毎日更新することができた。あと1年で10年になるが、そこまでやれば十分だと思っており、その先どうするかはあまり考えていない。ただし、毎日何かを考えて文章を書くという点や、その一日に起きた出来事を反芻するという意味では、日記には重要なことがいくつかある。三浦綾子の「氷点」で「日記を三年続けてかいた人間は、将来何かを成す人間である。十年間つづけて書いた人間はすでに何かを成した人間である」という言葉があったと思うが、来年私が何かを成しているとは思えないので、もう少し続けるべきかもしれないと思っている。