断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

「きらめく甲虫」のできるまで

7月8日に発売開始した『きらめく甲虫』。甲虫の本はたくさんあるので、売れ行きに一抹の不安を抱えていたが、おかげさまで大変好調で、嬉しいことである。ネット書店では『昆虫はすごい』よりも売れているようで、とてもびっくりしている。みなさん、ありがとうございます。

各所で評価もいただいており、とくに堀川大樹さんにHONZで紹介いただいたり、メレ山メレ子さんに人気ブログでご紹介いただいたのはありがたい。

honz.jp

mereco.hatenadiary.com

そもそもは『ツノゼミ ありえない虫』でお世話になった幻冬舎の前田さんから、「またなにか虫の本を作ろう」とご提案いただき、話しは始まった。最初は変わった甲虫を集めた本にしようという案で進んでいたのだが、標本集めがなかなか進まず、昨年の冬に集まったときに「とりあえずきれいな甲虫、とくにキラキラのものだけを集めて本にしましょう」ということで話しがまとまった。

メレ子さんも書いているけれど、ちょうどその少し前に『世界一美しい昆虫図鑑』という本を本屋で見かけて、触角や脚をもぎとって並べている様子に少し違和感を覚えた*1。アカの他人の本なんてはっきり言ってどうでもいいのだけれど、「自然の美というものをわかっていないなぁ」などと思った。

もちろんこの本をばかりを意識したわけではないけど、この本のおかげで、「作りもの」ではなく、「甲虫の本当の美しさを全面に出したものにしよう」と思ったことは確かである。

企画が通って、まず標本を集める*2ことから始めた。「美しい甲虫」というくくりで集め始めると、はっきりいってキリがないし、どこにでもある本になってしまう。そこで私は、金属光沢のあるものに絞り、しかも「一般の人、とくに虫にそんなに興味がないけど、そういう人がみてもきれいだろうな」と思う虫を集めるようにした。実はこれまでの展示経験で、なんとなくその傾向がみえていた。たとえばホウセキゾウムシなんて、虫屋に大人気という虫ではないけれど、一般の人がその美しさに驚いている様子を何度も見てきた。大型のクワガタやカブトムシにも金属光沢のあるものはいるが、それらはいろんな本にすでに掲載されているので、あえて避けた。

それと条件としては、1見開きで一つの属や族をまとめることとしたので、ある程度の種数が集まる分類群であることである。1つの見開きに遠縁の虫が混じっていると、どうしてもごちゃごちゃとした雰囲気になってしまう。1つの見開きでは統一感を出したかった。そうすると種の違いや個体差というものがよくわかって、かえって種や個体の多様性というものがよく実感できるのである。

結局のところ、私の独断で集めることになったのだが、結果的に良い選定になったかと思う。一つだけ心残りがあるとすれば、南米のきれいなカメノコハムシ類を載せられなかったことである。ページ数の縛りがあって、これを載せるのであれば、カミキリを1見開き削らなくてはならなかった。

それから撮影ということになるが、本格撮影開始の前に数ページ分の写真を送り、仮デザインを見ながら、編集の方々と相談した。こういう虫屋でない人たちが撮影以外のすべてを担った。これも虫好きばかりではない一般目線の本にするためにはよかった。ここで大まかなページ割や撮影枚数などが決まった。

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撮影の前に、標本の整形(展脚)という問題があった。撮影する時間はなんとかあっても、なかなかそれをする時間がないし、根気もない。そこで、多摩美の学生さんで、ものすごく展脚の上手い福井君をお招きし、数日間泊りこんでもらい、徹底的に展脚をしてもらった。さらに、これもまた大変な作業なのだが、九大の学生さんをアルバイトに雇い、標本の清掃をしてもらった。

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撮影はもちろん得意の深度合成撮影である。他人様の本を引き合いに出すつもりはないが、多くの昆虫関係書籍と同じような写真にはしたくなかった。全体に光がまわったような(同定のための)模範的かつ図鑑的な写真表現を忘れることにして、「色」と「立体感」に徹底的にこだわった。意図的にアンダーな部分、ハイライトの部分を作って、色を強調しすぎず、本来の質感や立体感を出すように努力した。

たとえばテイオウニジダイコクコガネを例に説明すると、左が本書で使った写真で、右がボツ写真である(角度は少し違うけど)。どちらも色調整等は一切しておらず、光の当て方を変えただけである。右はこれまでの図鑑によくある写真で、全体に光をまわしている。右はこれだけ見れば良いと思ってしまうけれど、色味が甘いし、本来のツヤがあまりないし、立体感に欠ける。この種のように、光の当て方によって色が変わる虫にも、やっぱり「一番良い色」、「一番自然な色」というものがあって、立体感はもちろん、色味の点でも左のほうが圧倒的に良いと思うのである。

 

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相手は1~3センチメートル前後が主体の虫であり、撮影はなかなか思うようにはいかない。分類群ごとに撮影の方法決めるのにかなり時間をかけたうえ、場合によっては種ごとに少しずつ光の当て方を変えた。さらに、このように分類群や標本ごとに撮影法を変えつつも、本全体では統一的な仕上がりになるようにした。もちろん完璧な写真などとは思っておらず、もっと良い写真も可能かもしれないし、虫の標本を普段から撮影している人にしてみれば、ちょっと変わった写真だと思うかもしれない。

ちなみに一番たいへんだったのは「プラチナコガネ」のなかまである。これはパチンコ玉みたいな虫で、金属そのものの色をしている。つまりまわりの風景をすべて写し込んでしまうのが「自然」であって、本来はカメラと撮影者と部屋の様子が写り込んでいるのが「正しい写真」なのかもしれない。しかしそういうわけにもいかないので、ハイライトをしっかり作りつつ、カメラの写り込みを最小限にとどめ、ツルツルの質感も出すようにした。これだけで何十枚試作品を作ったかわからない。これについては本当の意味での自然な色というのは無理なので、あくまで自分の理想、「もし写り込みがなかったら、こうだろうな」という姿を写真に収めるようにした。

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撮影を進めつつ、編集作業も始まった。鷹觜さんという方が本の全体をデザインしたのだが、これがまたかっこいい。なんというか、キリっとしている。装飾的な表現は避け、虫の自然な魅力が引き立つものにしていただけたと思う。そしてネイチャー&サイエンスの佐藤さんが本書中の解説や手書き文字を書いてくださった。佐藤さんの文章は親しみやすくていいと思う。(もちろん私も書いているのだが、分担の内容については内緒にしておく。佐藤さんは私の依怙地なカタカナ語嫌いにもついてきてくださった。)そして幻冬舎の前田さんが全体的な校正やさまざまな改善案を出してくださった。

実は印刷前に「色校正」という大事な作業があるのだが、その作業は私がアフリカで遊んでいる間に行われたので、あまりお役に立てなかった。印刷会社の方々と編集のみなさんでいろいろと苦労していただいたようだ。おかげで元の写真の良いところがきっちり再現された印刷となった。

最後にページ見本を。一番上の数枚がプラチナコガネのなかまだが、「金属感」が出ているでしょうか。

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*1:写真を不自然に色調整しまくっているうえ、ボケボケということは置いておいても

*2:実はここでかなりお金を使ったので、本書が売れても私が儲かることはほとんどありません。2刷までいくとかなり助かります。