断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

美しいもの

何年か前、ある大学病院の小児科の病棟で移動博物館をさせてもらったことがある。今でも時折思い出すが、これまでの人生で指折りの貴重な経験であった。

他人に対して可愛そうだと決めつけるべきではないし、本人も家族もそう思われることを望んでいないかもしれないが、私は幼くして命の危険にさらされていたり、生まれた時から病気で一歩も外に出られない人は本当にかわいそうだと思う。

その移動博物館では、ロビーのようなところで展示ケースを置いて展示をしたりもしたが、ベッドから立ち上がることのできない子や無菌室から出られない子たちのところを訪れ、昆虫の標本を見てもらうこともできた。標本箱はアクリル製で特注し、それぞれのベッドを訪れる前にしっかりと消毒できるようにした。

私はあの日に訪れた幾度かの瞬間を一生忘れない。それは、おそらくはじめて標本を見たであろう子たちの目の輝きである。あの喜びと好奇心にあふれた眼差し。目が輝くという言葉を聞くことがあるが、私はあれ以上の輝きを見たことがない。また同時に、その子たちの置かれている状況に胸がつまる思いがした。

そのとき私は確信した。昆虫やあらゆる自然物は本来、人間にとって美しいものであると。「気持ち悪い」というような負の感情は、すべて経験や刷り込みによる先入観によるものである。理屈で考えれば当たり前だが、このような経験を通じて確信できたことは自分にとって何より意味のあることだった。また、罪なき物事に対して、簡単に負の感情を表明することが、いかに馬鹿馬鹿しく愚かであることかと思った。

昆虫の美しさと面白さを多くの人に知ってほしいと常々思いつつ、本を書いたり講演したりしているが、この時の経験は大きな糧となっている。人間の本質としては、自然物に対してあのような目の輝きを持っている。はじめから先入観を持たせないようにしたり、払拭したりできたら、なんて素晴らしいことか。

またいつか、移動博物館ができたらと考えている。