断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

「とんでもない甲虫」のできるまで

7月11日に幻冬舎から『とんでもない甲虫』が出版される。2011年の『ツノゼミ ありえない虫』、2015年の『きらめく甲虫』の続刊にあたる。じつは2015年に『きらめく甲虫』を出版する前、「ツノゼミに続く珍奇昆虫として、珍奇な甲虫の本を作りたい」と思って提案したことがあった。同時に「美麗甲虫の本も作ってみたい」という考えがあって、結局は確実に売れるであろう後者を作ろうという話しになったのだった。(おかげさまでかなり売れました。)

珍奇甲虫の本を作りたいという腹案はその後もずっとくすぶっていて、折を見て標本を集めていたが、「これは大変だ。かなり遠い先になりそうだ」と思っていた。そんなとき、2018年の「昆虫大学」というイベントで、今回の共著者である福井敬貴君が標本を出展していた。以前から福井君がいろいろな珍奇種を持っているのは知っていたが、さらに充実しているではないか。そして、「この標本を使うことができたら、早々に本として成立するのではないか」という気がして、福井君に打診し、急遽、幻冬舎の担当編集者の前田さんと相談。トントン拍子に企画が進むこととなった。

本は先にタイトルを決め、制作の際の理想像を作るのが大切である。喧々諤々の議論の末、前田さんの案で『とんでもない甲虫』にしようということになった。「これまでにない昆虫本のタイトルだ!すばらしい!」と、ますます楽しみになる。

f:id:dantyutei:20190703163135p:plain

福井君のコレクション(福井君のツイッターより

福井君は標本作製が非常にうまく、いろいろな人に作成を依頼される。私も『きらめく甲虫』作成の際に、かなりの標本を彼にお願いした。福井君はその過程でいろいろな標本に出会い、一部(依頼者のダブリなど)を自分の手に入れることができるのだ。本当に珍しいものもたくさん持っている。

企画が進むと、こんどは台割(決まったページ数での構成)を決めることになる。私が最初にリストを作り、福井君に意見を求めた。お互いにどうしても入れたいものがあり、ここで少し意見が割れた。たとえばヒシムネハナムグリは、確かに模様は変わっていても、私は形は普通のカナブンなので不要だと思った。いっぽう、福井君は模様が珍奇なので入れるべきだという。私は心根が素直なので、「なるほど」と折れた。そのほか、「これはあの人に借りられそうだ」などと目星をつけつつ、台割が決定した。

f:id:dantyutei:20190116140834j:plainヒシムネハナムグリ

それからさらに標本を収集し、福井君に送ってきれいな標本に作り直してもらうことを繰り返した。また、いくつかの希少な標本は研究機関や友人たちにお借りすることもできた。

1月中旬に福井君が福岡に来て、福井君が標本作製を進めつつ、福井君のコレクションを含め、一気に撮影を進めることになった。

福井君の横で撮影を進めるが、ここで大変なことがわかった。実は標本というものは、100%ホコリにまみれている。ホコリがついていない標本など存在しない。撮影前に標本を掃除するのだが、それが非常に大変なのである。

『きらめく甲虫』に登場した甲虫は、ほとんどが大型で、ちょっとくらいのホコリは目立たない。しかし、今回の本に出てくる虫はほとんどが2センチ以下で、1センチ前後のものも多い。そういう虫だと、たった1ミリのゴミがついていても、とても目立つのである。想像して欲しい。150センチの人の体に15センチのゴミがついていたら、遠目にもわかるだろう。

f:id:dantyutei:20190116140710j:plain福井君

結局、福井君の5日間の滞在中、2人で標本作成と清掃をしつつも、撮影すべき標本の1/3くらいしか終えることができなかった。それからは学生に少し手伝ってもらったりもしたが、私独りで作業を続けることになった。福井君の手元にも依頼中の標本があって、送ってもらう前に掃除もできるだけしてくれるようにお願いした。しかし、どうしても輸送中に静電気でゴミがついたり、撮影した後に意外な場所に糸くずや固まった体液が付いていることが判明したり、撮り直すことは再三で、作業は遅々として進まなかった。

そして撮影しつつも、「これが足りない」と思うと、外国の収集家にお願いして譲ってもらい、それをさらに福井君がきれいに直すという作業も繰り返した。

f:id:dantyutei:20190218131116j:plain

チェコから届いた標本

もちろん、撮影は深度合成法によるもので、虫によっていろいろな角度で撮影し、もっとも立体感がでて、各種の魅力を引き立てるように努力した。ホコリだけでなく、出来栄えが不満で撮り直すことも多かった。本当に好きな虫を扱った本だけに、一切の妥協はできないのだ。

f:id:dantyutei:20190703172629p:plain

深度合成に用いた写真の一部:1つの標本を層状に撮影し、ピントの合っている部分だけを合成

2月下旬、ようやく2/3ほどの撮影が終了し、幻冬舎で前田さんとデザイナーの鷹觜さん(過去2作も担当していただいた)と相談し、デザインの方向性を決めた。

f:id:dantyutei:20190225123949j:plain打ち合わせ

残りは1/3だが、面倒なものが残っている。慎重に掃除をしつつ、撮影を進め、同時に原稿も書き進める。原稿は基本的に私が担当し、福井君の思い入れのあるものは福井君にお願いした。そして、写真と原稿を編集側の前田さんと鷹觜さんに送ることを繰り返した。また、今回扱った種は、図鑑などには出ていないものばかりで、名前を調べるのに苦労した。そのあたりは福井君と手分けし、一部は外国の専門家に写真を送り、名前調べ(同定という)を依頼することができた。

同時にデザイン案が次々にやってくる。鷹觜さんのデザインはすっきりしていて、虫のかっこよさを引き立てる素晴らしいものである。

デザインの際にお願いしたのが大きさの比率である。同じページに1種だけ拡大がある場合はあるが、基本的に同一縮尺(同一の拡大率)で並べてもらうようにお願いした。大きな虫と小さな虫が同じ縮尺で掲載されている本もあるが、私はそれがどうしてもイヤなのである。実はこれは『きらめく甲虫』のときからのこだわりである。

そうなると、大きな虫と小さな虫は同じページに配置することはできない。つまり、大きな虫と小さな虫を複数レイアウトしようとすると、大きな虫が必要以上に巨大になるか、小さな虫が見えないほど小さくなってしまう。実は、最初からこのレイアウトを前提に、それほど体格に差のない種を選んで標本を準備したのだった。そのために撮影対象とならなかった珍奇種も数多くあった。

また、写真はミクロメーターと一緒に撮影し、鷹觜さんがレイアウトに困らないようにスケールを入れた。今回も各写真に手書きのコメントが入ることになり、それはアマナの佐藤暁さんにお願いした。

 

←予約をお願いします!!

そうやってできあがったのが『とんでもない甲虫』である。結局、279種もの珍奇種を掲載することとなり、カメラの記録では3万枚以上の撮影を行った。甲虫はとにかく多様で、もちろんすべてのとんでもない甲虫を載せることはできないが、びっくりするようなものが満載である。どうかご予約・ご購入をおねがいいたします。

 

f:id:dantyutei:20190703173620p:plain

こんなすごい見開きが30以上あるのです。これは買うしかない。