断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

メクラチビゴミムシ

来年3月に昆虫学会と応用動物昆虫学会の合同大会が大阪でひらかれる。今回の「発表要綱」を読むと、「差別用語を含む昆虫和名などの使用は避けてください」という記述があり、少し驚いた。

昆虫学会第76回・応動昆第60回合同大会-大阪府立大学 | 発表要綱

おそらくこれは、日本の昆虫のなかで「差別用語」とされる言葉を残す「メクラチビゴミムシ」や「メクラゲンゴロウ」に対するものであろう。

他の昆虫では、メクラカメムシやメクラアブというものがいたが、前者はカスミカメムシに、後者はキンメアブにそれぞれ改称された。どちらも複眼をもち、差別用語である以前に、実態と異なるというのが改称の理由である(それでもわざわざ変える必要性を感じないが)。

しかし、メクラチビゴミムシやメクラゲンゴロウは実際に複眼を欠き、和名は実態をよく表している。

私は改名に反対である。

魚類学会では早々に差別用語を含む和名の改称を行ったが、明らかな行き過ぎである。たとえばイザリウオという魚がいるが、これはカエルアンコウに改名された。「躄る」という差別用語を含むというからである。しかしこの時代、「躄る」の意味を知っている人が国民の何割いるだろうか。ほとんど誰も知らないだろう。それでも差別用語になるのだろうか。

同様に「めくら」も、「躄る」ほどではないが、ほとんど死語になりつつある。いまどき、めくらという言葉を使って視覚障害者を嘲るような人はいるだろうか。逆に差別用語とはされず、生物和名に広く使われている「ちび」のほうが、よほど今でも一般的に使われる嘲笑する言葉であろう。

そもそも、差別は言葉そのものに宿るものではない。使う人の心の中にあるものであって、どんな言葉を使おうが、差別になるときにはなる。「めくら」を「めなし」に変えたところで、視覚障害者を差別する人が使ったら、使い方次第でたちまち「めなし」も差別用語に変化する。

ゴミムシが怒りだしたならともかく、あくまで生物に対して使われている言葉に対して、「差別用語撤廃!」などと神経質になるのは何ともバカげた話しではないだろうか。

ちなみに英名ではいまだに「blind」のつくものが普通に使われており(もちろん日本語の「めくら」とは完全に同義ではないが)、「sight-impaired」などと言い代えられてはいない。

おそらく生物和名から差別用語をなくそうとしている人たちは、ごく稀に現れる不快だと文句をいう人に対する対抗策として、事前に改名をしようというつもりなのだろう。臭いものにはフタというわけである。もしそうだとしたら、気にしすぎというほかない。

手前みそだが、拙著『昆虫はすごい』には、あえて伝統的に「メクラ」のつく和名を3つも登場させたが、13万部も売れて、誰からの文句もない。「世間はそれほど気にしていない」ということがよくわかった。

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蛇足だが、メクラチビゴミムシやメクラゲンゴロウがこれまで改名されなかったのは、この仲間の研究を牽引してきた上野俊一先生の信念によるところも大きい。われわれの世代以前の日本の甲虫屋で、上野先生の薫陶を受けなかった人はほとんどいないので、われわれの世代でこれらの和名が改称されることはおそらくないだろう。