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断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

他人と意見を交換したり、真剣に話し合ったりするのは、楽しいし、ときに必要なことではあるけれど、そのとき創造性(新しい発想や、確固たる意志)はただただ削られ、失われていく。人は他人と話しながら、それを理解し、納得しようとするとき、無意識に自分の意見を殺すこと、つまり妥協を繰り返すからである。これはきちんと対話を行う意志があるかぎり、程度の違いこそあれ、どんな人でも同じはずである。人によっては議論を上手に新しい発想につなげる人もいるが、それは結果論であって、議論そのものが創造性を失わせることだけは常に念頭に置かなければならない。
そう思う今、私にとっては、一人で黙々と作業したり、本を読んだり、ボーっとしている時間が本来一番大切なことだと思う。しかしときに他愛もない話しをしたり、好きな話題で夢中になって、共感しあうことも人として必要なことである。また、他人としっかり向き合い、付き合うには、ある程度の相手との疎通が必要である。創造性の保持と生きるための人付き合いとの均衡関係は、実はとても難しい。
もちろん、このことは議論そのものを否定するものではない。10代や20代には議論が必要だったと思ったし、今でもそのときの経験は大切な糧となっている。思い返せば大部分の議論は下らないものだったが、その行為自体にも意味があったように思う。
今日は細石君と飲みに出かけた。細石君はそんなことより美魔女が怖いと言っていた。