断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

14時に成田へ到着。14時半に外に出て、荷物を実家に送り、その足で総武線に乗って赤羽に向かった。途中駅のホームで文春とオロナミンCを買い、日本に帰ってきたことを実感。普段はオロナミンCは飲まないのだが、なぜか飲みたくなった。今号の「家の履歴書」と阿川佐和子の対談は非常に良かった。「家の履歴書」は内海圭子の生い立ちだったのだが、昔の人のおおらかさや心の大きさには学ばされるものがある。また、長屋や丁稚奉公の話しが江戸時代の状況ととても似ていて、戦前まで日本には江戸時代からの暮らしが少なからず残っていたことを改めて知る。

赤羽のホームセンターでFITの材料に使う園芸用の洋ラン線を買おうと思ったのだが、残念ながら在庫がほとんどなく、無駄足に終わった。駅のそばにホームセンターがある場所がなかなかない。これからあちこち探す必要がありそうだ。

その後、このごろよく見かける1000円の床屋で髪をバッサリ切った。初めてだったが、予想以上に悪くなかった。さらにその後、18時に川魚の「まるます家」で科博の人々と合流する。店に着くと15分遅れるとの連絡が店に入っているそうなので、先にビールを飲みながら待つ。蒸し暑く、こういう気候だからこそビールがおいしい。シカゴ時間でいえばすでに明け方の4時で、最初は非常に眠たかったが、しゃべっているうちに元気になる。ビール、日本酒(富久娘)などを飲みつつ、スッポン、ウナギ、ナマズ、コイの洗いなどを堪能し、21時に店を出る。この粋な飲み屋は朝の9時から夜の21時まで営業なのである。この名残惜しさがまたよい。

22時にうちに着き、郵便物の整理をして、1時過ぎに就寝。