断虫亭日乗

過ぎ去る日々の思い出をつづるだけ

秘密の暴力装置

殺したいだとか、死にたいだとか、負の意思を持った時点で、実行したも同じだという宗教的な考えがある。そういう考えには、「意思を実行するか否かは些細な差である」という前提がある。しかし、「実行するとしないでは天と地の差だ」という考え方もあり、わたしもそう思うし、やっぱりどう考えてもそうだ。だからどんな不穏なことも、思うだけなら自由なはずだ。だがやはり、思い続けていると、「ボタンを押すだけ」みたいな、なんらかのお膳立てがあると、思っていない人よりは容易に実行してしまうかもしれず、やっぱり思うというのもなんらかの潜在的危険性をはらんでいるのかもしれない。さてこれからの梅雨の時期、わたしが一番殺意を覚えるのは、傘を水平に持って歩いている人である。特にその人の後方に傘の先端部が来ていると、怖くて後ろを歩けない。実はわたしは先端恐怖症で、かなり遠くにそういう人を認めるだけで、ひーっ!となってしまう。この腹立ちは先端恐怖症の人にしかわからないし、子供が歩いていたら危ないだろうという怒りも覚える。もし私が無法者なら、どうするだろうかと想像する。まずは日本刀を持ち歩き、傘を水平に持っている人を探す。そして見つけるやいなや、その傘を真っ二つにしたい。あるいはヤクザみたいに肩で風を切って歩き、傘を取り上げて、持ち方が違うんだよと声を荒げて注意したい。結局はそんなことをできるはずもなく、想像だけをして怒りを和らげるほかない。

ネコの魅力

ネコは人気の動物だ。なんてことはわざわざ書く必要もあるまい。なんでネコがかわいいのか考えてみると、あの真顔がいいのだと思う。イヌよりも顔に喜怒哀楽が少なく、基本的に真顔をしている。真顔でドジをしたり、びっくりするくらいに自分勝手にふるまうのがいいのだ。それで思ったのだが、文章でも同じことである。文章で面白いことを書くとき、決して「笑った文章」を書いてはならない。笑った文章とは、やたらと抑揚が大きく、雰囲気で笑わせようとする文章である。読むほうはそういう文章に興ざめしてしまうものだ。真顔のネコのように、淡々とおかしなことを書くのが面白い。現在、研究者の仕事として大切なものに、研究成果の普及というものがあるのだが、残念なことにたいていの研究者の文章はわかりにくいし、面白くない。無理に面白く書こうとして、難しい内容のままの笑った文章も少なくない。大事なのは内容であり、興ざめ以下である。また、研究者の自尊心を保ちすぎ、一切の矛盾がないように、詰め込み過ぎて理解困難な文章もかなりある。そういうのはネコを通り過ぎて猛獣のトラやライオンになっているともいえる。なかにはフクロミツスイやキノボリイワダヌキやヤマバクみたいなよくわからない珍獣みたいな文章を書く人がいて、それはそれで面白いのだが、共感できる人はトキより少ないだろう。分かりやすい文章は、多少の情報不足に目をつぶって難しい文章をけずり、いかにわかりやすく伝えたいところだけを残すかである。ネコのような文章。私も練習中だが、なんといっても読む人の視点に立つのが一番の近道である。しかしそれがなんとも難しいのだ。

中毒

駅から家に向かう途中にコンビニがあって、帰りに意味もなく立ち寄ってしまう自分に困っている。そして意味もなくお菓子を買って、意味もなく夜中に食べて、意味なく太ってきている。このように、コンビニに立ち寄って何かを意味もなく買ってしまうのは、人生における時間の浪費であり無駄な出費であり余計なカロリー摂取であることは自覚しており、毎晩、軽い後悔を覚えている。「中毒」という病態の特性として、必ず「後悔」が伴うというが、そういう意味で私のコンビニでの買い物は中毒の一種といえるかもしれない。幸い、いまのところ、コンビニでお菓子を買うためにサラ金で借金を重ねたりはしていない。もちろん、コンビニにまつわる私の行動のすべてに意味がないわけではなくて、立ち寄ることに何らかの意味を見出す場合もある。それは出勤時に必ず買うアイスコーヒーである。家から駅までは起伏があって、暑い日だと駅に着くまでに体が熱くなる。だから、電車に乗る前にアイスコーヒーを買って、駅のホームでほっと一息つき、一日の仕事に備えるのである。これに関しては後悔しない。汗をかきながら歩きつつ、強い意志を持ってコンビニに突撃しているのだ。鼻息荒く、心の中で「アイスコーヒー!アイスコーヒー!!」と連呼しながら、コンビニの冷凍庫へスタスタと歩く。手に持った氷のように涼しげな顔でささっとレジを済ませるが、頭の中は煮えたぎったアイスコーヒーでいっぱいである。慌しくペリっと蓋をはずしてアイスコーヒーのボタンを押す。ジョボジョボジョボ。間髪入れずに一口。期待したほど美味しいものではないと昨日も思ったことを思い出す。だが、後悔はしない。だから中毒ではない。胃を伝わる冷たい流れと喉ごしのために飲むのだ。いや、中毒ではない。中毒ではないから後悔してはならないのだ。

うなぎ文

5月12日から20日まで、タイに行ってきた。学生の調査に同行するためである。4月から修士課程に新しく入った今田君と井上君の2人は初めての海外調査で、戸惑いつつも楽しい旅行となったようだ。昆虫研究の醍醐味は昆虫採集で、とくに海外での採集はワクワクするものである。ちなみに、今田君はヒゲナガゾウムシで、井上君はアリヅカムシである。そして同行した博士課程2年の柿添君はマグソコガネである。ところでこう書くと、今田君が人間ではなくてあたかもヒゲナガゾウムシそのものであるかのように思えてしまうが、もちろんれっきとした人間である。研究者、とくに分類学者は、自分や他人の専門の生物を、自分の一番の属性と意識する。したがって、自己紹介のときには「ヒゲナガゾウムシの今田です」などと胸を張って言うことも珍しくない。私もたまに「好蟻性昆虫の丸山」などと自分で言うことがある。「うなぎ文」という言葉がある。食事の注文の際に「私はうなぎ」などとよく言うが、これを英語に訳すと「I am an eel」となり、日本語独特の特異な表現とされている。対象生物が研究者個人そのものを指すような表現も、一種のうなぎ文と言えるだろう。2人が早く胸を張って専門を名乗れる日が来ることを楽しみにしたい。

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ひとの間

福岡に住んで10年が経つが、この街をとても気に入っている。食べ物、人柄、気候、たくさんある。しかし、気に入っているだけにこうやって良い部分をあげてもキリがないので、あえて嫌な点をあげてみる。それは地下鉄の乗り方である。かなり混んだ車内であっても、奥へと進む人は少なく、みんな入り口のほうに立っている。かといって降りようとしても、一時的にどいたり、降りたりしてくれない。そして、空いている席に座ろうとしても、七人掛けの席にバラバラと五人くらいが座っていて、中途半端に隙間が空いているだけで、座るに座れない。どう見ても混んでいるのに、座席に荷物を置いて悠々と座っている人もたまにいて、思わず呆れてしまう。東京でそんなことがあったら、怒る人がいるかもしれない。あるいは舌打ちして席を空けさせる陰険な人もいるだろう。しかし不思議と福岡では誰も気にしない。少なくとも何も言わない人が多い。ハンドバッグを置いている人も、混んでいることに気づいたらヨッコラショと席を詰めて、なんとなく誰かが座る。要するに人びとの間に鷹揚な時間が流れているのだ。福岡は人柄がいいと言ったが、考えてみれば地下鉄の乗り方も、そんな田舎の良い部分の表れなのかもしれない。東京出身者としては、それでもたまにイライラとしてしまうのだが。

CombineZPとZereneの比較(メモ)

ここ数カ月は展示や本の関係で昆虫体表面の微細構造の撮影に凝りに凝った。そこで重要になるのが深度合成のソフトである。

これまでCombineZPを使っていたが、Zerene Stackerが高評とのことで、導入してみた。Zerene Stackerは毛の重なりが上手く合成できるうえ、ソフト上でレタッチ(元写真の良いところを拾える)ができるのが何よりの利点である。

ただ、Zereneも完璧ではなく、レタッチ不要な画像の仕上がりにおいては、CombineZPのほうが優秀な点も多い。とくに反射の大きな甲虫やチョウの鱗粉などは、圧倒的にCombineZPに軍配が上がる。

以下、カタゾウムシの体表面で比較してみた。

(実際にやってみた人向きの内容。)

 

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CombineZP:わずかに鱗毛の反射を拾っているが、鱗毛の間の微細彫刻もうまく合成されており、メリハリがある。

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Zerene PMax:どう設定しても使いものにならない。鱗毛の間が完全にボケており、合成もされていない。

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Zerene DMapのデフォルト:ご覧のとおり、全然ダメ。

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Zerene DMapで、設定のEstimation Radiusを90程度に上げてみた:かなり改善され、多少ボケているが、十分に使える。ちなみにデフォルトのEstimation Radiusは10

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Zerene DMapで、設定のEstimation Radiusを最大値の100に上げてみた:さらにきれいに。ただし、Combineほど精密に合成はされていない。上手くいっていない部分をレタッチすればきれいになるが、大変な労力である。表面の合成の精度をこのへんで妥協し、毛の重なりの利点を取るというのも手であろう。

結果として、平面的な表面構造に関しては、(実は)いろいろなものを撮影してみたが、CombineZPが一番手堅いという印象を持った。CombineZPの動かせない人はZereneのDMapで合成し、レタッチやフォトショップでがんばる。

次に立体感のあるものはどうだろうか。おそらくこういうのがいちばん一般的な被写体だろう。そこで、極端に立体的なツノゼミで比較してみた。

 

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CombineZP:角の重なりがうまく合成できていないほか、角の側縁の光沢部のハレーションを拾っている。これは元写真にも多少あり、合成の過程で強調されてしまったのものである。ハレーションの強調はCombineZPで起きやすい現象である。

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Zerene Pmax:角の重なりは「だけ」は上手くいっているが、あとはボケているし、汚い。

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Zerene DMapのデフォルト:角の表面構造の合成はだいたいうまくいっているが、できていない部分もある。ただ、側縁部のハレーションはないし、角の重なりもまあまあできている(レタッチは必要)。ただ、カタゾウムシの表面構造同様、全体にもやもやしていて、周囲にゴーストができている。

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Zerene DMapのEstimation Radius 100:驚いた。合成出来ている部分はきれいだが、立体感のある部分(傾斜のある部分)はまったく合成出来ていない。

結論として、立体感のあり、かつ構造の重なりのある虫については、ZereneのDMapのデフォルトで合成し、レタッチするとともに、モヤモヤを誤魔化すために写真を少し暗くし、コントラストを上げるのが一番かもしれない。側縁に光沢がなく、構造の重なりが少なければ、CombineZPで一発で決まることが多い。

なお、光沢が少なく、短毛に覆われた虫は、「非常に簡単」で、どのソフトでも合成能力自体の違いはあまりない。合成の際にピントの合っている部分だけを拾いやすいのだろう。ただ、色あいはかなり変わる。

逆に長い毛に覆われたものは、さきほど述べたように、Zereneのほうが上手くいくことが多い。

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CombineZP:元の写真の良いところを忠実に拾っているが、コントラストがちょっと強い傾向にある。

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Zerene PMax:彩度が下がり、少し暗くなる。

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Zerene DMap:デフォルトなので、やはりちょっとモヤモヤが残る。

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以上、3つの撮影対象で比較したが、被写体の性質によってかなり使い方が変わる。Zereneも万能ではないし、CombineZPもまだまだ捨てがたい。

設定に関してはまだすべて変えて試しているわけではないので、他に設定変更すべき点があれば、ご教示いただければ幸いである。

 

近況3 花粉症

昨年の春、42歳になって初めて花粉症になった。実はその前から兆候が少しあったのだが、そうではないと自分を信じ込ませていた。しかし昨年から自分を誤魔化すことに限界を感じ始め、いよいよ耳鼻科で診断を受けることとなってしまった。

そして今年は去年よりも症状が重い・・・。

外に出ると「今日は花粉が多い」ということが、のどや鼻の反応を通じて理解できるのである。

いまはディレグラという弱めの薬でかなりの症状を抑えることができているが、これからどうなるのやら心配である。

というどうでもいい近況3でした。

近況2 FEELCYCLE

三日坊主になるとみっともないので、あまりネット上では秘密にしていたが、昨年の2月から「FEELCYCLE」というジムのようなものに通っている。

www.feelcycle.com

50台くらいの自転車(ジム用のバイク)がある会場で、前方にインストラクターの方が乗ったバイクがある。暗闇でインストラクターの指示に従い、いろんな音楽にあわせて、こぐ速さを変えたり、こぎながら腕立てをしたり、ダンペルを持ったりして、さまざまな運動をするのである。

これが良い。少なくとも私には良い。45分間きっちり運動させられるのが良い(体調不良の場合を除き、途中退場できない)。運動量の強弱や音楽分野によっていろいろな種目があって、ものによってはかなりきついが、(美しい)インストラクターの人が盛り上げてくれるので、かなり楽しいし、終わった後の達成感がすばらしい。これまで様々なジムに通ってきて、「よし今日はここまででいいや」と思ってしまう自分との戦いが一番の問題だったのだが、そういうものがない。意思の弱い私にはうってつけである。

このおかげで、かなり痩せたし、基礎体力が付くため、調査や研究がかなり楽になった。調査はもちろん、机の仕事も体力勝負なので、やっぱり基礎体力は大事なのだが、それをつける機会はなかなかなく、本当に良いものに出会えた。

近況1 本の予定など

マダガスカルからの帰国後は何かと忙しく、あっという間に4月が近づいてきてしまった。

アルティアムの展示は大成功で、10660名もの来場者があったそうだ。(私の立場としては)当館の宣伝になったのも良かったが、昆虫に普段興味がない人が、昆虫の美しさに開眼したとの声が多く、これこそ本当にやった甲斐があった。遠方からも多数の方々にお越しいただき、深くお礼申しあげます。

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最近では各種の原稿に追われていたが、それらもようやく一段落した。この夏に出る予定の本はいくつかあるが、1つは「じゅえき太郎」さんとの共著で、昆虫の雑学を面白おかしく紹介するもの。もう2つは「Microsculpture」というイギリス人カメラマンによる昆虫の微細構造の写真集の翻訳である。あともう一つ予定しているのだが、その話はまた。

実は私も微細構造の撮影に凝っていて、ちょうどその折にこの話が来たので、勉強を兼ねて引き受けた。この翻訳本の詳細はいずれ紹介する。

このごろは書籍出版の依頼がとても多く、とてもすべてはお引き受けできないし、返信すらままならない状況である。私としては出すからには反響があって欲しい(=売れて欲しい)と思っているので、自分が著者として出すからには妥協したくないと思っており、かといって昆虫の本は6-8月に出すのが鉄則で、その作業時間は必然的に2-4月に限られるので、そうなると出せる本の数も限られてくる(他の時期には他のことをやりたいというのもある)。

お話しをいただいた順を優先し、実現できるものから進めていきたいと思っているので、しばしお待ちください。(しかし、虫の本がこんなにたくさん出て、ある程度売れれはいるようだが、いつまでこのような状況が続くのであろうか。現在は虫本出版バブルとでも言う状況かもしれない。)

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ラヌマファナ国立公園

1月27日に日本を経ち、28日の晩にマダガスカルのアンタナナリボに到着した。翌29日は政府機関、大学をまわり、許可手続きを進め、30日に車で10時間かけてラヌマファナ国立公園に到着した。ここには2月4日の朝まで滞在。実質4日間の調査だが、山道がとても厳しいし、目的の好蟻性昆虫は全然見つからなかったで、私としてはちょうどよい長さだった。環境はとてもよく、虫は全体に多い。

 

ここにはCentre ValBioという施設があり、非常に快適な調査となった。

森は渓谷の急斜面にあり、道の上り下りが非常にきつい。だからこそ奇跡的に森が残っていると思われる。アイアイなどのキツネザルが豊富な国立公園だが、原生林ではなかった。

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あちこちにいるヨツメヒルヤモリ

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スジツヤハナムグリ

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キンイロジェントルキツネザル

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ハイイロジェントルキツネザル

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マダガスカルオナガヤママユ

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キサントパンスズメ

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キサントパンスズメの長い口吻

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マユダカヒメカメレオン